福岡高等裁判所 昭和49年(う)66号 判決 1974年6月04日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人吉浦大蔵提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
同控訴趣意(事実誤認及び法令適用の誤り)について。
所論は要するに、本件衝突事故は専ら相手車両を運転していた内田忠義の過失に因るもので、被告人に原判示の如き注意義務を怠つた過失はない。すなわち、本件交差点は、当時東西道路の対面信号は黄色の燈火の点滅を、南北道路の対面信号は赤色の燈火の点滅を各表示していたのみで、交通整理が行われていない交差点であり、左右の見とおしもきかない交差点であつたところ、内田車が通行していた東西道路は優先道路ではなく、また同道路の幅員が被告車が通行していた南北道路のそれより明らかに広いものでもなかつたから、内田車は被告車に対し優先通行権を有するものでなく、道路交通法四二条一号に従つて徐行すべき義務があつたものである。しかるに、内田は右徐行義務を怠り、被告車が本件交差点北入口に一時停止したのを認めながら、時速約五五キロメートルのまま交差点に進入したため、自車を被告車に衝突させるに至つたのである。これに反し、被告人は対面信号が赤色の燈火の点滅を、東西道路の信号は黄色の燈火の点滅を各表示していたので赤色の燈火の点滅信号に従つて交差点直前に一時停止し、東西道路の左右の安全を確認したところ、左方には車両等はなく、右方(西方)約六〇メートルの距離に内田車を認めたが、同車は当然徐行するものと考え、かつ自車において交差点内を徐行して進行しても、内田車は被告車の後方を安全に通過しうるものと判断し、時速五キロメートルで発進し交差点に進入したものである。右の如き状況において被告人としては、内田車が交通法規を守り交差点で徐行することを信頼して運転すれば足りるのであつて、内田車が敢えて交通法規に違反して徐行義務を怠り高速度で交差点に進入して来ることまで予想して交差道路の交通の安全を確認すべき注意義務はないのである。したがつて、被告人には原判示の如き注意義務はなく、被告人の過失行為を認定した原判決は事実を誤認し、刑法二一一条の適用を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、破棄を免れないというに帰する。
しかし、原判決挙示の証拠によれば、原判示事実は十分認められ、本件事故が被告人の原判示過失に因ることは否定できない。
すなわち
原判決挙示の関係証拠によれば、本件現場は唐津方面から小城方面に通じ車道の幅員一〇、一〇メートルの国道二〇三号線(東西道路)と番所方面から武雄方面に通じる幅員六、二〇メートルの道路(南北道路)が十字型に交差する交差点であるが、右二つの道路のいずれの方向から進入する場合においても左右の見とおしのきかない交差点であり、本件事故当時同交差点に設置されていた信号機の信号は東西道路は黄色の燈火の点滅、南北道路は赤色の燈火の点滅を表示し、交通整理の行われていない状態にあつたところ、被告人は普通乗用自動車を運転し、北方番所方面から南方武雄法面に向け直進すべく右交差点にさしかかり、同交差点の入口で対面信号機の赤色の燈火の点滅の表示に従い一時停止し、左方(東方)の安全を確認した後右方を見た際、西方唐津方面から時速約五五キロメートルで同交差点に向つて進行して来る内田忠義運転の普通乗用自動車を約五〇メートルの距離に認めたが自車が右相手車より先に通過できると思つて時速約五キロメートルで発進して該交差点に進入し、他方、右内田は被告車が一時停止したのを認め自車を先に通してくれると思い、減速徐行することなく同交差点に進入し、被告車が右一時停止地点より約五・四メートル南進した地点で、同車右側に衝突するに至つたことが認められる。右の如き関係状況において、被告人は赤色の燈火の点滅の表示に従い一時停止し再度発進して交差点に進入するに際しては、交差道路の交通の安全を確認し、接近して来る車両があるときには衝突の危険を回避すべき措置を講ずべきであり、特に内田車の通行する東方道路は黄色の点滅信号であり、被告車の通行する道路は赤色の点滅信号であつて、内田車の通行する道路が被告車の通行する道路に比し幅員が明らかに広い道路であるから、内田車が徐行しても、被告車において内田車の進行を妨げてはならない関係にあるうえ、被告人が内田車を認めた際、既に同車は右方約五〇メートルの地点を時速約五五キロメートルの速度で近接していたのであるから、被告人としては発進を見合わせ内田車の通過を待つて進入すべき注意義務があつたものといわなければならない。しかるに前示の如く内田車より先に通過しうるものと軽信して時速約五キロメートルの速度で発進して交差点に進入したのは、右注意義務を怠つたものというべきである。
なお、所論は内田車が進行して来た東西道路は優先道路ではなく、また被告車が進行した道路よりも幅員において明らかに広い道路でもないから、内田車は道路交通法四二条一号により徐行すべき義務があり、本件事故は右徐行義務を怠つた過失によるものであるというのである。なるほど、東西道路は道路交通法三六条にいう優先道路とは認め難いけれども、内田車が通行していた道路はその車道の幅員が約一〇、一〇メートル、被告車が通行していた道路の幅員は六、二〇メートルに過ぎず同交差の状況等を考慮しても前者が幅員において明らかに広い道路であることが認められる。したがつて、被告人においては内田車が徐行してもその進行を妨げてはならない関係にあつたものであり、且つ、前示の如き現前の危険状況の下では、被告人において内田車の徐行するのを確めない限り交差点に進入すべきでないものといわなければならない。また、所論は所謂信頼の原則をいうが、前示の如く被告人において内田車の通過を持つて交差点に進入すべき関係状況にあつたと認められるのであるから、内田車の徐行義務違反の有無は右注意義務を怠つた被告人の過失を否定すべき理由となるものではなく、所論は採用の限りでない(所論援用の判例は事案を異にし本件に適切でない)。
そうしてみれば、被告人の過失行為を是認し、刑法二一一条を適用した原判決に、所論の如き事実誤認及び法令適用の誤りはなく、他に記録を精査しても、これを発見することはできない。論旨は理由がない。
そこで、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。